【仏教が生まれた歴史ポイント5つ!】仏教、ヒンドゥー教まとめ 第2弾

こたろう(ΦωΦ)です。

前回、仏陀の生誕地はインドじゃなくてネパールだとご紹介しました。

近年、”中国では仏教大ブーム”という記事を見つけました。

その理由は、うなぎのぼりだった好景気の停滞により、利益追求に紛争していた会社経営者たちが、お金より大事なものを求めた救済の心をとらえているとか。

 

仏教が生まれた背景を探っていたら、まさに同じ時代の流れだったんです。

さて、歴史を紐解いていきます~。

 

 

アーリア人の侵攻

インド半島の歴史は、インド、パキスタン、アフガニスタンを流れるインダス川周辺に発展したインダス文明から始まります。計画的な都市建設が有名。紀元前2500年以降に発展したと考えられています。

 

ドラヴィダ民族がインダスと文明の担い手です。見た目の特徴はWikipediaによれば・・

一般的に肌の色が黒く背が低いが手足が長い、ウェーブがかった髪などの特徴がある。

現在は、南インド方向などに住むと言われています。

 

紀元前1500年頃になると、北西部からアーリヤ人(インド・アーリヤ人)が侵入してきます。(インダス文明崩壊はアーリヤ人の侵攻によるのかどうかは議論があるようです)

中央アジアで遊牧生活を営んでいた彼らは馬と戦車で大移動してきて勢力を広げていきます。

 

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アーリヤ人の自然崇拝 

アーリヤ人たちは雷、雨、雲、太陽などの自然を崇拝し神格化し、供物と讃歌を神々に捧げました。これがバラモン教の起源です。

祝詞や儀式をまとめた聖典は『ヴェーダ』と呼ばれます。最古のヴェーダ(リグ・ヴェーダ)には、数多くの神さまへの讃歌が登場します。

祭祀は形式化されて司祭者というポジションが作られるようになりました。

 

カースト制の始まりと不満

 紀元前1000年頃になると彼らは肥沃な土地を求めて、東のガンジス川方向へ移動します。そして先住民ドラヴィダ人を支配するために、司祭者バラモンをトップとした、4つの階級制「ヴァルナ制」を作ったといわれます。

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カースト制の歴史長い!!

 

これが有名なカースト制度の始まりです。(カーストはポルトガル語。後世に名付けられたんですね。)

 

カースト制の社会では、バラモンはお祈りするばっかりで、その下の階層は軍事と政治、その下の人たちは農耕、商工業、そして大多数が征服された先住民の奴隷扱い。

不平等感が高まってくるわけです。

   

バラモン教は素敵なようでひどい カースト制度とバラモン教は表裏一体。

紀元前600年頃には、ガンジス川周辺には都市国家もできました。軍事と政治を担っていたクシャトリヤを王とした専制君主制が引かれ、都市の商業の発展によって農耕・商工業の階層のヴァイシャたちも権力を持つようになります。

 

  

すると、人々の精神世界に変化が出てきます。

バラモン教の祭式至上主義に不満を持ち、内面的救済を求めるようになってきます。

 

こうした背景の中で仏教が生まれてきました。

 

バラモン教は生まれ変わり(転生輪廻)の思想を根幹に持っています。

肉体は大地に還(かえ)り、霊魂は天界に昇るとしたのと同時に、その人の生前の行いによって霊位が上下し、次に宿るべき肉体が決まると信じた、これが輪廻という考え方の基本です。(引用:exciteニュース)

 

来世は前世の行いで決まるというようにとれるはずなですが、 

バラモン教のひどいのが、前世の行いが現世の境涯が決まるという考え方だったところ。

 

つまり、生まれついたカーストから運命。そこから逃れることができるのは死んだあとの来世ってことです。

 

「次の人生ではいいカーストになるかも」というかすかな希望で、今の人生を生きるなんて、なんて過酷!!

 

シッダールタ王子の修業

シッダールタ王子は、そんなバラモン社会に疑問を抱いた人たちの一人でした。

今でいえば「新興宗教」がたくさん生まれた時代です。

 

輪廻から逃れる(=解脱)別ためには、祭式よりも修行こそが必要だと考えられるようになったんです。

 

王子はあるときお城の外に出て、自分の満たされた生活と違うものを初めて目にします。それが人間4大苦しみ生老病死。衝撃を受けた王子が、その後目にしたのは修行者。

感銘を受けた王子は、自らも修行を始めるべくお城を出た・・のが始まりです。

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菩提樹の下で悟りました


輪廻から解脱するために死と隣り合わせの状態で修行を続けます。

そして「仏界」を作り出すことで、現世でも頑張り次第でだれもが平等に行くことのできる希望の場所を提示しました。

 

まとめ

こうして王子の開いた仏教は当初のものは「小乗仏教」と呼ばれることがあります。これは、修行をしたら解脱できるよと説法したことからです。つまり修行した個人の救済の話。

この時代は、形式主義のバラモン教に対して個人を救済してくれるということで仏教の人気はうなぎのぼりしたようです。

 

そこから後世、苦行をしなくっても、修行をして悟りを開いた人を拝めば救われるという「大衆救済」の考え方も生まれます。これが大乗仏教。

 

大乗に対して小乗とディスペクトした呼び方なんですね・・・・社会の授業では普通に小乗、大乗って習った気がします。