【ちょっと高飛車な仏教の衰退と庶民派のヒンドゥー教の入れ替わり】仏教、ヒンドゥー教まとめ 第4弾

こたろうです。

ネパールの宗教、仏教とヒンドゥー教のことを勉強しつつ紹介させていただきます。

ネパールでは”仏教とヒンドゥー教が同じ”

そもそもそのきかっけは、ネパール人の人に

宗教は?

と聞くと、だいたい迷わず

ヒンドゥーだよ

と答えるけど、

ネパールじゃ仏教とヒンドゥー教は同じだからネ

とも言うので、どういうことかなと思ったところです。

 

結論から言うと日本の神仏習合と同じみたいです。

 

第1回目で触れたインド半島から見ると侵入者のアーリヤ人が作ったバラモン教が、それ以前の土着宗教と仏教の影響も受けつつ生まれ変わったのがヒンドゥー教と言えるようです。

 

ということで、歴史を紐解いてみます・・

 

バラモン教のヒンドゥー教化

仏教 の登場した 紀元前5世紀、 個体の救済を明らかにした仏教の他にも、ジャイナ教をはじめとする 様々な思想が数多く生まれました。バラモン教の人気は、ガタッと落ちていきます。

 

すると、バラモン教の内部からも改革の気運が高まり 伝統的な信仰の形が大きく変化しました。こうしてヒンドゥー教はバラモン教を土台にして、仏教を吸収し、土着の宗教なども取り込んで誕生したと 言われています。

 

仏教のウリ「個体の救済」はヒンドゥー教に吸収された

ヒンドゥー教が仏教を吸収したというのは、”個体の精神的至福”です。もともとバラモンにもそのコンセプトはあったようですが、明確に掲げたのは仏教から。

でもヒンドゥー教も「個体の救済」をうたうようになります。その結果、仏教的には、専売特許できてたコンセプトがなくなってしまったんですね。

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個体の救済

しかも、人生の儀礼や現世ご利益を求める供養祭に積極的だったヒンドゥー教は農村部で支持されて広がっていきます。

とはいえ、仏教は紀元後10世紀の間は栄えていましたが、4世紀のグプタ王朝がヒンドゥー教の国教化したことや、5世紀の西ローマ帝国の崩壊で仏教支持基盤だった商人層の勢力が衰弱したことによって、衰退の一途をたどっていくこととなります。

 

 

そんな弱体化してたインド半島の仏教の衰退を決定的にしたのは、イスラム世界の仏教僧院の襲撃だと言われています。こうして、仏教は急速にインド半島から消えていきました。

ヒンドゥー教は民衆の日常に溶け込んでいく 

供養祭はプジャと呼ばれ、現在のヒンドゥー教徒の間で盛んにおこなわれるお祭りや、日常のお祈りです。

プジャ

プジャの風景

 最近、日本でも聞かれるようになった色とりどりのパウダーを掛け合う「ホーリー祭」もその一つです。

それ以外にも、ネパールの家族からは、毎月のようにアランに「お祭りで集まってるよ!」と連絡はあるし、毎週金曜日、女性陣は数時間かけてお祈りの儀式を行い、お肉は口にしないなど、プジャと呼ばれるお祈り儀式は、日常に深く溶け込んでます。

 

こんなカードも売っていて…神様のプロマイド??

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神様カード

まとめ~同じ神様がいっぱいの仏教とヒンドゥー教

いかがでしたでしょう? 

 

ヒンドゥー教の成り立ちを考えると、ヒンドゥー教は「宗教」というより、インド半島の文化、精神世界などすべての集合体。仏教も、もはやヒンドゥー教の一要素になっているような感じに思えます。

 

ヒンドゥー教の神様は、ヴェーダに出てくる神様が元になっているので、同じくヴェーダの影響を受けている仏教も同じ神様を祀っており、この神様の共有化は日本の仏教にも表れています。

 

ちなみにネパールの場合は、インドから伝わった仏教がヒンドゥー教の影響を受けて、さらに独自の「ネワール仏教」に変貌したといわれています。

 

ということで、次回は、「仏教とヒンドゥー教が一緒」を神様の共有の点から見ていきたいと思います。