69, 途上国の入籍手続きは時間、お金、気力が必要だ! 次から次へと困難発生

こたろう(ΦωΦ)です。

前回に続きます!ネパールの困難な入籍手続き。お金も必要、時間も必要、根性も必要です。

アランとわたしは入籍には、アランの住民登録のある番地まで同じ住民登録のあるヒトを証人として5人連れて来いという警察の指示を受けました。

ネパール絵画のお店

 

証人5人と警察へ・・・

実は住民登録のある住所、子供の頃一時期だけ住んでいた区域だったんです。具体的には・・・観光で有名な大きなストゥーパで有名なボウダナートです。これ。

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一方、アランが実際に長く住んで近所の人と仲良くしているのは、これも旅行者に有名な繁華街のタメルという地域。

タメルでならまだ、証人になってくれる人をすぐに見つけることが出来たかもしれなかったです。

本当に、住民票をちゃんと移していなかったのが、アンラッキー。

でも、日本でも引っ越ししても、住民票を新居地に移さないことありますよね。アランたちも、普通に生活をしているぶんには住民登録などが問題になる場面はなかったので、面倒だし…ということで、住民票を長年ボウダナートに残したままにしていたそうです。。

国際結婚することになるとは、想像もしていなかったですし・・・

しかたない、ここはアランは結婚のため、頑張りました!なんとか3日かけて協力者を5人に見つけました。

 

謝礼も少し渡しました。

 

そして、その日、早朝、待ち合わせ場所にアランは向かったわけですよ。

 

今回、「警察は二人で行く必要ないし、1日仕事だから休でていいよ」とのアランからの提案で、わたしは家で待ちました。 

 

すると

 

ほんの2時間後、アランから電話。

「一日仕事と言っていたのに早い!よかった^^」と思って電話に出ました。

バックレ

 

一人来なかった…

 

えー!!!!(T_T)

 

集合場所で1時間待ったが、一人来なかった。電話をしたら、行けないと言い出したらしい。。

 

来てくださった4人にお詫びをして、その中の一人にもう一人同じ番地の人を連れてきてもらうことになって、さらに翌々日、再トライすることに。

バックレさん、謝礼もらうだけもらい、まさにバックレ………かよ。。

 

今回も、紹介してくれた人と、来てくれた人に謝礼をお渡ししました。

難クセ

バックレから2日後、今回は5人勢ぞろい(皆さん、まじ、ありがとう!)で、警察署へ!

 

しかし、またしても警察のレポートは出してもらえなかったんです!

警察の担当官が

この申請書のここが分かりづらい。書き直して来い。

とケチをつけたんです。

でも、コレおかしい話なんですよ。

 

申請書はカトマンズの役所CDOが作成したもらったものです。なのに駄目だと言ってるわけなんですから。

 

そして作り直すには再びCDOに行く必要が………

 

おそらく、この警官賄賂を要求していたのでは・・と思いますね。今は。

 

もう、崖っぷち。わたしはあと10日で帰国という日でした。

 

アランはもうガックリ。すっかり意気消沈し、もうこれは許可してもらえないんだとアキラメモードです。

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帰宅してからも、ドンヨリするアラン。

わたしは励まし、とりあえず役所のOBだった近所のおじちゃんに電話するように言いました。

 

実はこのおじちゃん、CDOに一緒に行っていただいたんです。OB、何かと顔がキクので。申請書は、そのおじちゃんもいる目の前で作ってもらったもの。

 

おじちゃんにも半日以上時間を割いていただいたのに、手続きできず申し訳ない。。

半分お詫び、半分助けを求める気持ちでの電話です。

 

すると、警察での出来事を聞いたおじちゃん、電話の向こうで激怒したらしい。

CDOの書類にケチつけるとは何事だ!俺も警察にいく!

 

やったね・・・わたしはちょっとほくそ笑みました。おじさんが行くなら、ちょっと心強い。

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この日は12月31日、年末でした。

 

ネパールはヒンズー教で地元のカレンダーも独自の暦に従っているので、大晦日もお正月も、日曜日でなければ現地は営業日です。

 

3日後の1月2日に、仕事に都合付けておじちゃんも一緒に警察に行ってくれることになりました。

さらなる悲劇

翌日、

オジサンが一緒に行ってくれたらどうにかなるよきっと・・

日本に居れば元日の1月1日。わたしたちは、パタンのホテルでお昼を食べていました。

 

手続き業務は、警察に行くまで2日間ひと休み、ということで、わたしたちはホテルに滞在してました(わたしがシャワーをガッツリ浴びたかったからなんですけど)。

 

ところでサ、入籍待たずに、配偶者ビザのために結婚式の写真を撮っておきたいって前に言ったよね?どうする?もう帰国まで1週間ないよ?

わたしはアランに迫りました。

これ、本当で、、、

配偶者ビザを日本で取るには、わたしたちの結婚が詐欺でないことを証明するいろいろな情報が必要です。

 

なので結婚式の写真は重要。

 

なのに、アランは

手続きが終わるまで他のことは、考えられない

とか不器用なこと言って、わたしをイライラさせまる始末で、ちょっとした喧嘩に発展。

 

話も煮詰まったので、一旦、買い物に行こうと出かけることにしました。

 

行き先は、お土産ゲットに行きたかった雑貨屋さんSana Hastakala - ホーム | Facebook 

ホテルから15分位徒歩くらいです。

 

ホテルを出発して5分くらい。

なんだか若干気分が悪い・・・直に、時々、休みながら進むような感じになり始めます。

 

喧嘩の後ということで、アランとは距離をとって歩いていたので、アランもわたしの異変に気付かなかったようです。

 

お店についた頃には、どっぷり気持ち悪い。

 

雑貨棚の下の方を見る振りをして、しゃがみこんで、気分の悪さに耐えるような状態になってました。

 

それなのに、アランはお店で誰かと話しています。私のところにやっと戻ってきて

昔の彼女に会っちゃったよ (*´∀`*)

 

またイラつかせる始末 笑

 

これは悲劇、いや、危機の前触れでした。